先日はこちらのツイートに、たくさんの反応をいただき、ありがとうございました。
ムーミンの中の「顔のない子」、ニンニという女の子の話は示唆的で、大学の授業でも題材にしたことがあります。
— shiho📜自由が丘カウンセリングオフィス (@emotion_lab) 2021年5月11日
継母からつらく当たられて、姿が見えなくなってしまったニンニは、ムーミンたちと一緒に暮らせるようになっても、顔だけが見えないままでした。
そのニンニの顔が見えるようになるのは→
多くの方が怒りの大切さに共感してくださったことや、ニンニのような人は現実にもいるだろうとコメントしてくださったこと、とても心強く思いました。
自己批判の強いクライエントさんや、「自分には大切にされる価値がない」と感じているクライエントさんの中にも、ニンニのように姿が見えなくなってしまった傷ついた存在がいるのを感じます。
この物語の中でもう一つ、怒りと同じくらい重要な感情として、恥(toxic shame:自分には大切にされ、愛される価値がないと感じさせる感情)が描かれていると、私は考えています。
恥を感じると、人は、隠れたい・消えたいと思い、実際に人の目を避けるような行動をとるからです。(これは、恥という感情に備わった行動傾向と呼ばれます。)
少し前にも、こんなことを呟いていました。
有害な恥(toxic shame)を抱えた方とのカウンセリングでは、私にはその人が見えているし、感じられるのに、その人からは「その人自身」が見えていないし、感じられていない。そんな感覚が引き起こされる。
— shiho📜自由が丘カウンセリングオフィス (@emotion_lab) 2021年5月7日
それこそが、自分をないものとされてきたその人の歴史なんだなと思う。
自分の中にいる「ニンニ」のことを、見てあげられるようになるというのは、カウンセリングの重要なステップです。
自分の中にいるニンニのような存在に気づくと、その自分をムーミンママのように優しくいたわり、包み込んであげることもできるようになります。
「ひどいことを言ってごめんねと、抱きしめてあげたい」
「今まで、ちゃんと見てあげられなくてごめんねと言いたいです」
このとき、クライエントさんの目から流れる涙には、私も胸を打たれます。
私たちは日々、自分の中に起こるたくさんの感情の影響を受けています。
感情にはそれぞれメッセージがあり、その自分の内側から届くメッセージと社会から送られるメッセージとの間で、私たちは板挟みになって生活しています。
求められる役割や立場を生きるだけでも手いっぱいなのに、自分の感情にまで構っていられないと思うかもしれません。
でも、感情は、自分がどういう人間かということと深くかかわるものです。
何を悲しいと感じるのか。
何に怒りを覚えるのか。
何を恥だと感じるか。
何に喜びを覚えるのか。
何を恐れるのか。
何に嫌悪を抱くのか。
この質問への答えは、そのまま自分にとっての価値観や、自分という存在へとつながります。
感情を大切にする時間を取るのは、簡単なことではないかもしれません。
でも、感情の声を聴くことで、私たちは、役割や立場を離れて、自分自身でいることの心地よさや大切さを感じることができるのだと思います。