Talk to Your Heart

emotions are colors of our lives

「怒りについて知ろう」の裏話:父の怒りから学んだこと

先日、「こころの知見を届ける」メディア、MOSSさんに記事を書かせていただきました。

moss-life.jp

感情の理論を学び、私自身も「あの時のあれは、そういうことだったのかな」と腑に落ちることがたくさんあります。

例えば、「この怒りについて知ろう」の記事にも書いた怒りの分類を知ったときに、すとんと腹落ちしたこととして、ある日の父親とのやり取りがあります。

中学生か、小学校の高学年くらいだったある日のこと。私は居間で、父の向かいに座って、宿題をしていました。

私が宿題の問題を父に出したのだったか、詳細は覚えていないのですが、とにかく父が私の知っていることを知らなくて、

「そんなのもわからんとか、馬鹿やね」

と、冗談のつもりで言ったところ、父親が机を私のほうにドンっと押し、

「なにっ」

と声を荒げたのです。

私はその父の反応が我慢ならなくて、勉強道具を畳み、母親のいるキッチンへ行きました。父の態度が怖かったのもありましたし、それくらいのことで腹を立て、暴力に訴えた父を情けないと思いました。そして、自分がそんな子どもっぽい怒り方をする父親の娘であることが歯がゆく、涙が出てきました。

父に腹が立っただけの出来事なら、いつの間にか忘れてしまっていたと思います。しかし、声を荒げた瞬間の父の表情と、その時自分の胸に去来した感情を、私はその後、何年も忘れることができませんでした。

私に向かって机を押しやった感情は、確かに怒りでした。ただ、父の瞳の奥には別の感情もあり、私は子ども心にそれを感じ取っていたのだと思います。

これは今だから言葉にできることですが、おそらく、父の瞳の奥にあったのは、自分の子どもに馬鹿にされたことから来る恥と恐怖、そして傷つきです。

当時、父の怒りに理不尽なものを感じた私も、故意にではないにせよ、父を傷つけてしまったという罪悪感と後悔を感じ、それがずっと心の何処かに引っかかっていたのだと思います。

父は勉強が苦手なタイプで、育った家も裕福ではなかったため、高卒で社会に出たことで、学歴コンプレックスを感じていました。

私の言葉は、きっと父の心の傷に触れたのでしょう。そして、その痛みを感じるのがつらかった父は、怒りという感情で自分の心を守ったのだと思います。

先の記事にまとめた2つ目の怒りの働きを学んだとき、私の脳裏には、この時の出来事が思い出されました。

それくらいのことで怒るなんてひどい、という当時の自分の気持ちも認めたい。

でも、当時はしっかりと感じることができなかった父への申し訳なさ、「傷つけてごめんなさい」という気持ちにも、今ならスペースをあげられそうな気がします。

あの時、お父さんは、怒りで自分を守ったんだね。そうせざるを得ない痛みに、私が触れてしまったんだね。わざとではなかったけど、傷つけてしまってごめんなさい。

親も、いろんな傷を負い、いろんな痛みを隠している。

子どもの頃の私に、それをケアする責任はないけど、大人になった私は、その痛みに心を寄せてあげられる。

こんなふうに思えるようになったのは、自分も年を重ねたことと、感情や心の仕組みに関する知識を持つことができたからだと思います。

心について知ることは、人に優しくなれること。

そんな思いで、今日もこのブログを書いています。

インナーチャイルドを癒すのと同じくらい大切なこと。

カウンセリングの中で、クライエントさんと一緒に、見つけ、その声を聴き、抱きしめ、「あなたは大切な人だよ」と伝える存在に、インナーチャイルドがあります。

内なる子ども、子どものパーツ、トラウマを負ったパーツなどとも呼ばれ、私たちの中の“時が止まったままの部分”、“生きることができなかった部分”です。

先日観た映画『トークバック 沈黙を破る女たち』の中でも、ある女性がつらい体験をした10代の頃に自分に手紙を書く場面がありました。


『TALK BACK トークバック 沈黙を破る女たち』予告編

とてもつらい体験をしたら、本当はそれが癒されるまで泣きたいし、気がすむまで泣くのを許してくれる人や、一緒に泣いてくれる人、もしくはあなたがそんなつらい目に遭うことに腹を立ててくれる人に、そばにいてもらいたいものです。

しかし、それが叶わないとき、私たちは「何事もなかったように振る舞う」ことを選びます。

泣いていたら誰かに付け入られそうなときや、悲しむことで非難を浴びそうなとき。

もしくは、泣きたいのは自分なのに、他の人のケアをしなければいけないようなとき。

私たちは、自分の悲しみをそっと押し黙らせてしまうのです。

そうすると、心の中では、その当時の年齢の自分が、抱えきれなかった感情を引き受けます。

そして、カウンセリングなどの安心できる場面で、その頃の自分が出てきてくれるのです。

「忘れてた気持ち、ここに取ってあるよ」

「悲しい気持ち、ずっとここにあるよ。だから、まだ痛いまんまなんだ」

そう言って、解凍していた感情を差し出してくれます。

この当時の自分が、いわゆるインナーチャイルドです。この内なる自分の存在に気付いたとき、多くのクライエントはこう言います。

「ほったらかしにしていてごめんね」

「ずっとそこにいたんだよね」

彼らも決して、内なる自分に気付いていないわけではありません(完全に記憶から消していて、それを思い出すという場合もありますが)。ただ、その内なる自分に向き合うのに、必要な準備が整っていなかっただけなのです。

そんなとき、頼りになるのが、現在のクライエント自身、つまり、“インナーチャイルドをケアしてあげられる大人の自分”です。

インナーチャイルドが癒されることも大切なプロセスですが、“この子の痛みや悲しみを、わかってあげられる自分がいる”という自覚も、クライエントさんをグッと強くしてくれる大切な感覚なのです。

そうすると、インナーチャイルドの傷を“他の誰か”に癒してもらおうとして、傷つくことも少なくなるのです。

「他の人より、自分が一番自分のことをわかってあげられるんだ」

と気づくことができるからです。

インナーチャイルドを癒すのと同じくらい大切なのは、信頼に足る大人の自分の存在に気づくこと。

クライエントさんたちとのセッションを通じて、今日もまたそんなことを教えてもらいました。

 

3つの感情を知れば、自分がわかる:心の地図を描いてみよう

心には、少なくとも3つの感情が住んでいる。

そう聞くと、どんな気持ちになるでしょうか。

「1つの感情に対処するだけでも大変なのに」

と、頭を抱える人もいるかもしれません。

「それってどういうこと?」

と、ワクワクする人もいるでしょう。

AEDP(加速化体験力動療法)という心理療法では、三角形を心の地図に見立てて、3つの角にそれぞれ固有の感情を置いていきます。

ぜひ、三角形を思い浮かべながら、この先を読み進めてみてください。

まず、左上の角にあるのは、①防衛的な感情です。

次に、右上の角にあるのは、②赤信号感情。

そして最後の下の角には、③コア感情があります。コア感情とは、本当に感じたい感情のことです。

例えば、今日はバレンタイン・デーですが、こんな日にはきっと多くの人が、特別な人への愛情を感じるはずです。

しかし、自分が好きな人にはすでに付き合っている人がいて、気持ちを伝えることができない場合もあるでしょう。

そんな状況だと、③のコア感情のところにある愛情と、その愛情を受け入れてもらえないという悲しみが同時に押し寄せてきます。

愛情と悲しみがセットになるため、それを感じるのは②つらいという赤信号感情が湧いてきます。赤信号感情とは、「③の愛情を感じるとつらくなるよ、だから感じないほうがいいよ」と、私たちの心を守る役割をしている感情です。

ただし、この②つらいという赤信号感情も感じているとしんどいため、私たちはこの感情を別の感情で隠してしまうことがあります。

例えば、なんとなくイライラするとか、なんとなく気持ちが塞ぐといった具合です。

こんなふうに、自分の感情を隠すために表面に現れる感情を、①防衛的な感情と呼びます。

三角形の下の角(③)から、右上の角(②)、そして左上の角(①)に到達しました。

これが私たちの心の地図であり、心のカラクリです。

カウンセリングでは、この地図を逆の方向へ向かえるようにサポートします。

つまり、①防衛的な感情(右上)と②赤信号感情(左上)を乗り越えて、③愛情と悲しみ(下)を感じられるようにするのです。

3つの感情を知れば、自分が今、心の地図のどこにいるかがわかり、次にどこを目指せばいいかがわかってきます。

ちょっと専門的な内容になってしまいましたが、身近なのに知らない感情の世界を、少しでも興味深く感じていただければ幸いです。

心の健康を保つヒント:ポジティブ感情を広げて作る。

感情には、大きく分けて二つの種類があります。

不安や恐怖、悲しみ、怒り、恥、罪悪感といったネガティブ感情と、安心感、喜び、好奇心、達成感、愛、思いやり、感謝といったポジティブ感情です。

ネガティブ感情は、長くかつ強く私たちの注意を引きつける性質があります。

不安なプレゼンが控えていたり、怖い上司が近くにいるとき、その対象から意識をそらすのは危険だからです。

なので、その脅威が去るまで、これらの感情は私たちの心の中に留まります。

一方、ポジティブ感情は、ネガティブ感情ほど長く続かない分、たくさん感じる必要があるとされています。

ネガティブ感情とポジティブ感情の黄金比は、1:3。

(最近の研究では、1:5〜7とまで言われるようになりました。)

つまり、心の健康を保つには、1日の中で感じたポジティブ感情を、意識的に「広げて作る」ことが大切です。

よく、寝る前によかったことや感謝したいことを書いて眠るといいとも言われますが、こうした作業も、要するに、ポジティブ感情を「広げて作っている」わけです。

簡単なワークをやってみましょう。

今日1日、ポジティブな感情を感じた場面を思い浮かべてみましょう。

子どもが笑顔で「行ってらっしゃい」と送り出してくれた場面。

プレゼンを終えて、ホッと肩の力が抜けた場面。

職場の同僚や先輩の配慮に助けられた場面。

コンビニの店員さんの笑顔に癒された場面。

青空を見上げて、ふぅーっと深呼吸した場面。

楽しみなイベントに参加して、その始まりをワクワクしながら待っていた場面。

思い出したら、そのときの身体の感じや気持ちの状態を、今の心と身体に呼び込んでみます。

そして、しばらくその感覚に留まりましょう。

留まるのが難しい人は、その気持ちや感覚のイメージを作るのもいいかもしれません。

その「ホッとした感じ」は、どんな色で、どんな形をして、どんな大きさで、あなたの身体のどの辺りにありますか。

「子どもの笑顔」を思い出すと、身体はどんな感じになりますか。あたたかさを感じ始めたなら、そのあたたかさは、どんな色で、どんな大きさで、どんな形で、あなたの体のどの辺りにあるでしょうか。

帰りの電車で座る時間があったら、あるいは、寝る前のほんの数分でもかまいません。

あなたが1日の中で体験した、ポジティブ感情にぜひこうして注意を向けて上げてください。

「嫌なこともあったけど、こんないいこともあったな」

「そんなに悪い1日でもなかった」

「またこんな感覚が得られるように、明日も頑張ろう」

「明日もいい日になりますように」

そんな言葉とともに、ポジティブな感情に包まれながら、今日という日を終えていただければ幸いです。

満員電車にすし詰め状態で駅まで運ばれ、人の波をかわしながら職場に着く。

仕事に追われて、あっという間に1日が終わってしまった。

そんな忙しい生活をしている方にこそ、読んでいただきたい記事です。

語彙力に悩むカウンセラーのためのNetflix活用法

カウンセラーを目指す学生たちと一緒に勉強会をしたり、自分のカウンセリングのデモンストレーションを見せたりすると、

「先生みたいに語彙力がない」

と言われることがあります。

私の語彙のルーツって何だったろうと考えると、確かに(日本の)カウンセリングのテキストはあまり浮かんでこないんですね。

・カウンセリングの逐語が掲載された海外のテキスト

・スーパーヴァイザーの言葉

・研修会でデモンストレーションを見せてくださった講師の言葉

・小説や映画、ドラマ、ドキュメンタリーの中の言葉

・クライエントさんの体験から生まれた言葉

そうしたものが、私の中で改めて醸造されて、自分の言葉になっていると思います。

その言葉を聴いたときの私自身の体験(感動、気づき、ハッとさせられる感じ etc)が乗り、旨みや味わい、オリジナリティーとなっている感じでしょうか。

中でも、最近はNetflixの作品から学ぶことが多いです。

 

・クライエントさんを肯定したり、エンパワメントしたくても、いい言葉が見つからない。

そんな方にオススメの番組は、『クィア・アイ』です。特に 日本でロケが行われたものを見るのもいいですね。

誰かのために自分を犠牲にするのではなく、誰かを大切にするために自分を大切にすること。

思いを伝えるのは怖いことだけど、思い切って伝えることですれ違っていた心がもう一度結びつく。

そんなメッセージが込められています。

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・尊厳を傷つけられたクライエントさんの心を守るための言葉が出てこない。

そんな方には、『LAW & ORDER:性犯罪特別捜査班』をオススメします。性被害に遭われた当事者の方にはフラッシュバックを起こす恐れがあるので、オススメできないのが残念なのですが、支援者の方が見ると勉強になる場面がたくさんあります。

特に、ベンソン警部補とバーバ検事補のセリフは見事です。

このドラマを見ていると、言葉をかけるタイミングというものもすごく大切なのだなぁとわかります。被害者を守るとき、彼らには逡巡というものがありません。

家族が被害に遭い、「私が叫べばよかった」と自分を責める妻に対し、

「あなたが叫ばなかったから、ご家族の命が助かったのよ。抵抗したら殺されていたかもしれない」

と、ベンソン警部補はすぐに、はっきりと伝えます。

被害者の「自分が悪かったのでは」を、スペシャリストとして即座に・明確に否定するのです。

言葉の内容だけでなく、それをどんなタイミングでどんなふうに伝えると、傷ついた人の言葉が守られるのか、映像で見て学べるのはすごくいいなと思っています。

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・人と心の関係について、わかりやすく説明したい。

そんな人には、『鬼滅の刃』もオススメです。主人公の炭治郎のセリフに次のようなものがあります。

「自分がどうしたらわからないのは、心の声が小さいから」

心に注意を向けることの説明は、理論よりも、クライエントさんの困りごとと結びつくものが良かったりします。アニメ自体がクライエントさんと共有できるコンテンツでもありますね。

www.netflix.com

 

心理職は、まずは「自分を見つめること」を指導されますが、自分の体験に頼りすぎた言葉は、少し独りよがりかもしれません。

それに、外側の言葉は、自分の中にある気持ちに輪郭を与えてくれます。自分で言葉にすることができなくても、外側の言葉に出会って初めて、

「自分が言いたいことはこれだ」

とわかることもあるのです。

小説やドラマといった文化を含む“他者”に出会っていくプロセスで、「相手に届く自分の言葉」が紡ぎ出されていくのだと思います。

心の健康を保つヒント:ジャッジ(評価)を「問い」に切り替える。

カウンセリングのさまざまな本に「やってはいけない」と書かれていること。

でも、多くの人がやってしまうこと。

それは、judge(評価する、ジャッジする、良し悪しで判断する)という行為である。

 

私たちはつい、自分や他者の行為を「良いか、悪い(ダメ)か」で評価しがちだ。

「ジャッジ」に対する処方箋はいろいろある。

「ありのままの自分を受け止めよう」

「マインドフルな態度を養おう」

「自分に思いやりを向けよう」

「自分を愛そう」

だけど、こうした処方箋はいつの間にか単なる「標語」になり、私たちはこれまでと同じように自分や他者をジャッジする日常に戻ってしまう。

そこで、もう少し、細かいステップで「ジャッジ」に対する対策を考えてみよう。

 

1. 「ジャッジしている自分に気づく」

まずは、「ジャッジしている自分に気づく」ことだ。

認知行動療法なら、自動思考に気づくこと。

マンドフルネスなら、気づきを高めること。

嫌な気持ちになって、自分がまたジャッジしていると気づける場合もあるだろう。

モニタリングすると言ってもいい。

最初は意識したり、人から教えてもらう必要もあるかもしれないが、「ジャッジしている自分」に気づくことは大切な第一歩だ。

 

2. 「ジャッジ」は「問い」に切り替える。

次に、「良い・悪い(ダメ)」でジャッジしそうになったら、それを「問い」に切り替えてみよう。

「あんなことをやるなんて、自分はダメだ」→「どうしてそうしたんだろう」

「こんな気持ちになるのは良くない」→「どうしてそんなふうに感じたんだろう」

「こんなことしても意味ないかな」→「それをやることで、何を達成したいんだっけ」

頭ごなしに、何でも「ダメだ」とジャッジする上司や先生には、「なぜですか」と理由を尋ねたくなるものだ。

「ジャッジ」には先がない。検討の余地がないのだ。

「それじゃダメだよね」と言ってしまっては、そこから何も学べない。

・なぜそう思うのか

・なぜそうしたかったのか

・そう感じた背景に何があったのか

「ジャッジ」を「問い」に変えるだけで、失敗は学びになり、未来の糧になる。

 

良いか、悪いかの二択しかないとき、考えることは少なくて済む。

良いことはやれば良いし、悪いことはやらなければいいからだ。

物事にこうした姿勢で向き合うと、省エネにはなるかもしれないが、意味や理由、新たな可能性は生まれにくい。

また、人の脳は、思い浮かんだ情報に対してアンテナを張るという性質を持つ。

そのため、「自分はダメ」と思ってしまうと、脳は途端に「自分はダメ」という情報を集め始めるのだ。「あのときも、このときも、自分はダメだった」と。

どうせなら、「自分はダメ」という磁石ではなく、「なぜ」「どんなふうに」「何を」という磁石を使って、自分の言動の意味や理由、新しい可能性を探索しよう。

 

SHOWROOM社長の前田裕二さんの著書『メモの魔力 The Magic of Memo』や、刑務所内で行われる矯正教育を取り上げたドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』でも、このジャッジと問いの違いが重要な鍵となっている。

ジャッジを問いに変える。

ただそれだけのことで、個々人が自分自身を見つめるきっかけが生まれ、自分自身と、他者の中に眠る可能性を掘り起こすことができるのだ。

 

映画『プリズン・サークル』で多くの人が涙したシーン(ネタバレあり)

映画『プリズン・サークル』鑑賞後、一番後悔したのは、「メモ帳を持ってくるべきだった」ということだ。

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印象的なシーンや、後からゆっくり考えたいセリフが多すぎて、自分のワーキングメモリという内臓HDDだけでは、取りこぼしてしまったことが多すぎたのだ。

SHOWROOM社長の前田裕二さんの著書『メモの魔力 The Magic of Memo』に感銘を受けて以来、生活の中でもよくメモを取るようになった。

ファクト→抽象化→転用というプロセスで、感じたことを深掘りし、練り上げる機会は圧倒的に多くなった。

メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)

メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)

 

 この記事では、映画『プリズン・サークル』で多くの人が涙した場面を、「ファクト→抽象化→転用」のプロセスに当てはめて考えてみたい。

(ここから先はネタバレを含みますので、ご注意ください)

 

1. ファクト:受刑者が最後の取材でインタビュアーとの握手を望み、それを禁止される場面で、多くの人が涙した。

映画の終盤、個別インタビューの最終日に、ある受刑者が「(インタビュアーと)握手してもいいですか?」と刑務官に尋ねる場面がある。

同席していた刑務官は、すかさずNOと言う。接触は、刑務所内では「違反行為」に当たる。刑務所において「接触」は禁止されているのだ。

受刑者の顔にはモザイクがかかっているが、彼が、「ダメですって」と笑いながら、わかっていたというふうに、しかし残念そうに言う場面で、会場のいたるところからすすり泣きが聞こえた。

「(刑期を終えて)外に出てからな」と、刑務官が言った。

私も胸が締め付けられるような気持ちになり、涙がこみ上げた。

なぜ、この場面が多くの人の心を打ったのだろうか。

 

2. 抽象化:映画を見ているうちに、受刑者が「他人 someone ではなくなる」

この映画の冒頭、同じ髪型・同じ服装をして、顔にモザイクをかけられた受刑者たちを見て、最初に私はこう思った。

「誰が誰だかわからないな」

しかし、受刑者一人ひとりにスポットが当たり、彼らの生い立ちや犯行に至る経緯といった、映画の副題にもなっている「彼らがここにいる理由」が明らかになるに連れ、おそらく私にとって、彼らが「他人 someone ではなくなっていった」のだと思う。

誰か、ではなく、名前を持ち、この世に確かに存在する「彼」に変わった。

そして、あのシーンで、私は、自分との握手すら禁じられたように感じたのだと思う。心は近づいたが、そこには決して越えられない壁がある。それがとてもつらかったのだ。

 

3. 転用:受刑者に寄り添う人たちの心の痛みに想いを馳せる。

「その他大勢の中の一人ではなく、相手の心に影響を与える存在である」

これはきっと、受刑者が、刑務所に入る前に感じたかったことだと思う。

犯罪を犯す人たちの多くが、自分は誰にも影響を与えることのできない存在だと感じている。

この映画を通して、見た者たちの心に、確かに「あなた」がインパクトを残したのだと、あの映画に登場したすべての受刑者に伝えたい。

そして一方で、彼らに寄り添う社会復帰支援員、刑務官の方の気持ちを思った。

 

エドワード・トロニックという研究者が行なったある研究がある。

この研究では、乳幼児は生まれながらに社会との相互作用の中に生きていて、他者(この動画では母親)からの情緒的な反応を引き出そうと一生懸命になることが示されている。


Still Face Experiment: Dr. Edward Tronick

あまり語られないが、この無表情でいる間の母親たちの心情についても、トロニックは記している。

母親たちは、実験のルール上、子どもに反応できない時間がひどく苦しかったと述べているのだ。

応えてあげられないつらさ。

子どもが伸ばす手を握ってあげられない歯がゆさ。

子どもが混乱していく様子を見ることしかできないもどかしさ。

泣き出しても抱きしめてなだめてあげられない苦しさ。

そんな制限から解放されたとき、母親たちは笑顔になって優しいトーンで我が子にこう言う。

「It's O.K. Mommy is here」

「Mommy is real」

思いに応えてもらえないときだけではなく、思いに応えられないときにも、人は心を痛める。

そして、相手の心に、心で答えられたときこそが、「本当に相手の側にいる」ことだと、私たちは本能的に知っているのだ。

 

たった2時間、受刑者の心に触れただけの私ですら、あの場面では胸が張り裂けそうになった。

このTC(回復共同体)というプログラムに関わるスタッフたちも、こうした「応えてあげられないつらさ」があるのではないだろうか。

被害者の痛みを思えば、人との物理的な接触を禁じられて当然だと考え方もあるだろう。

しかし、スタッフたちの人間らしさにまで制限を加えられる環境が、刑務所の中にあるならば、職務とは言え、大きな心の負担になる。

SHOWROOM前田さんの「幸福の総量」と言うのも、私の好きな言葉なのだが、受刑者への制限が、スタッフのQOLウェルビーイングを損なうことになっていないだろうか。

そんなことを考えさせられた。

 

やはりもう一度、ペンとメモ帳を持って、劇場に行くべきかもしれない。

映画『プリズン・サークル』:人は感情を通して、自分と、そして他者とつながる。

犯した罪を通して自分と向き合う

映画『プリズン・サークル』を観た。

書きたいことがたくさんあるので、数回にわたって書くかもしれない。

それほど、心揺さぶられる映画だった。

prison-circle.com

 

鑑賞直後、私はこんなツイートをした。 

このTC(回復共同体:Therapeutic Community)のプログラムで、参加者たちは自分の生い立ちや犯した罪といった自らの恥と向き合う。

親から暴力を振るわれていたこと、親に関心を向けてもらえなかったこと、ひどいいじめにあったこと、社会の中で自分の居場所がないと感じていたこと。そして、犯罪者となり刑務所にいること。

外の世界では、誰とも共有し得なかった体験を、初めて口に出して語るのだ。

トラウマになるほどのつらい体験は、もちろんないに越したことはない。

しかし、そうした体験が人生のほとんどであった場合、それを語り得ない人生は、その人の人生ではない。

それを語る場を得た参加者たちは、TCの中でようやく、“人間”になっていくようだった。

「ドキュメンタリーは退屈」とか、「刑務所の中の話なんて自分には関係ない」と思わずに、ぜひ会場に足を運んでほしい。

一言では語り尽くせないほど、大切なメッセージが詰まった作品だ。

 

感情とともに生きることが、自分自身を生きるということ

上映後に、坂上香監督とルポライターの杉山春さんのトークイベントがあった。

この内容にも、個人的には勇気と課題をいただいた。

虐待死事件を数多く追っていらっしゃる杉山さんから「感情を抑圧する社会」に対する問題提起がなされた。坂上監督もそれに答えて、

「多くの方が、(TCのプログラムを見て)私もここに行きたいと仰る」

そして、杉山さんが、

「そういう場が(刑務所の)外にない」

と仰った。

ここに、臨床心理士公認心理師が社会に対して果たせていない役割がある。

公認心理師という国家資格ができたにも関わらず、カウンセリングは「抑圧した感情を語る場」として、まだまだ認知されていないのだと痛感した。

心理職の役割の一つは、人が感情とともに生きられるようにサポートすることだ。

長く個人カウンセリングを行ってきて、私自身も感じるのは、日本社会自体が非常に感情リテラシーが低い社会だということだ。

感情に対する人々の理解は非常に大雑把で、緻密さがない。

「負の感情は悪いもの」

「感情を表現するのは良くないこと」

「怒りを感じるのは悪いこと」

感情が持つ意味や機能についてはまったく知られず、ただ「良いか悪いか」で判断されることがとても多い。そのため、自分の感情にも他者の感情にも、寛容になれない。

心理職でさえ、感情に触れるようなカウンセリングを危険視する人がいることも事実だ。

しかし、自分の感情に気づき、感情を良い悪いで決めつけるのではなく、「どうしてそう感じているのかな」「あなたは何をしようとしているの」と優しく訊いてあげれば、感情は決して私たちを困らせるようなことはしない。

カウンセリングを始める前、クライエントさんたちも感情についてこんなふうに思っている。

「感情なんてなくなればいい」

「怒りなんて感じたくない」

「いろんな感情を感じるから、人生がつらくなる」

「感情がすべての苦しみの根源だ」

感情を敵視したり、感情の扱い方がわからなくて蓋をしていたり、感情は厄介で面倒しか引き起こさないと思っている。

苦しみを生んでいるのは、感情そのものではない。

厄介で面倒な感情を一緒に抱えて、その感じ方を教えてくれる“他者の不在”が、苦しみの根源なのだ。

カウンセリングを進め、感情を感じることが怖いことでも悪いことでもなく、むしろそこにこそ、自分自身があり、自分が生きているという実感があるのだと気づくと、クライエントさんたちの言葉は、こんなふうに変わっていく。

「感情があるから、世界が色であふれる」

「いろんな感情でできている、これが自分なんだ」

感情を排除してきたことこそが、生きづらさを生んでいたとわかるのだ。

TCに行かなくても、カウンセリングで、自分の感情に出会うことは必ずできる。

カウンセリングの認知度を高めること、そして、今後もっと多くの臨床心理士公認心理師が、感情を適切に扱うカウンセリングができるようになることが必要だと感じた。

ただ、トークイベントで感情の重要性に触れていただけたのが、本当にうれしく、感情と体験に人が変わる鍵があると信じて、カウンセリングを生業としてきた私にとっては、とても励みになる時間となった。

映画『プリズン・サークル』ぜひ、ご覧いただきたい。

“自分を大切にする” と、“自分を大切にしてくれる人”に出会える。

昨今、さまざまな場面で「自分を大切にすること」の大切さに注目が集まっています。

自己肯定感、セルフ・コンパッション、自己重要感といった言葉も、よく耳にするようになりました。

確かに、自分を大切にすることを学ぶと、人生にさまざまな変化が起こり始めます。

特に大きく変わるのは、対人関係(パートナーシップ)です。

先日、Psychology Todayにもこんな記事が出ていました。

www.psychologytoday.com

この記事は、こんな言葉の引用から始まります。

“私たちは、自分が受けるに値する愛を、愛として受け取る”

そして、著者は自分のパートナーシップをこんなふうに振り返っています。

“思えば、私は、本当の意味で、私を見てはくれない人とばかり付き合ってきた”

相手が、本当の意味で、自分を見てはいない。

この感覚をクライエントさんが言葉にされるとき、相手の心の中に一生懸命、自分の居場所を確保しようとしているのが伝わってきます。それは健気で切実さで、胸が痛むほどです。

「私のことなんて見てないでしょ」「俺のことなんて見てないよね」

ただ、一緒にいたいだけなのに。

相手が自分を見ていない。

これは、誰かといるのにひとりぼっちという、とてもつらい感覚です。この“見る”には、見つめるとか向き合うということだけではなく、知ろうとする、ケアするといった意味も含まれているように思います。

さらに、著者は、自分自身に対する認識がパートナーシップに与える影響についても考察します。

“自分に価値がないと感じる人は、「私みたいな人間のどこがいいの?」と、相手を遠ざけてしまう”

“自分に自信がない人は、「僕はダメだ」という思いを強めるような相手を引き寄せてしまう”

相手と向き合う前に、まず自分自身をしっかりと「見る」ことの大切さ、そしてこう続きます。

“まずは、自分自身と恋に落ちること”

記事の通りに書きましたが、あばたもえくぼのような盲目の恋に落ちるのではなく、「自分のいいところもダメなところもフェアに見てくれる頼もしい恋人に、自分自身がなる」ということなのだと思います。

 

私自身も、思い当たるところがあります。

私の中には、長らく「母親に見てもらえなかった小さな女の子」がいました。

その「女の子」から目を背けていた間、私がパートナーに選ぶ相手は、やはり「私のことを見てくれない人」ばかりでした。私は、相手に見てもらおうと一生懸命になり、尽くしすぎたり、我慢しすぎたりして、結局うまくいかなくなる。その繰り返しでした。

ですが、あるとき、「自分が本当に一緒にいて安心できる人って、どんな人だろう」と考え始めました。

そのときに考えるヒントをくれたのが、私の中の「小さな女の子」でした。

「この子が安心してくれるようなパートナーって、どんな人だろう?」

小さな女の子は、寂しがり屋で、相手の表情や機嫌に敏感に反応します。会う頻度や物理的な距離よりも、好きな人と気持ちでつながっていることを大切に考えます。相手の心の中に自分がいると思えたら、安心して、朗らかに笑っているのです。

そんなふうに、小さな女の子のことをしっかりと理解し、「自分の中の小さな女の子を安心させてくれるパートナー像」を明確にしていくと、なんと、それから半年も経たないうちに、ぴったりのパートナーに出会うことができました。

素敵なパートナーに出会うために、自分磨きをしたり、自分を少しでも良く見せようと努力を惜しまない。そんなふうに頑張っている人もたくさんいます。

それでもうまくいかないと感じるときは、ここに書いてあることを参考にしてみてください。カウンセリングを利用していただくのも、もちろん大歓迎です。

「自分を大切にし始めると、自分を大切にしてくれる人に出会える」

なんだか引き寄せの法則のようなまとめになってしまいましたが、この効果はカウンセラーとしても、一個人としても実感するところです。

幸せな人生を送るために欠かせない「2つの関係」

カウンセリングをしていると、人はふたつの関係の中で生きているんだなと感じます。

一つは、他者をはじめとした自分の外側の世界との関係。

もう一つは、自分自身との関係です。

外側との関係、内側との関係と言い換えてもいいかもしれません。

 

 

「人目を気にする」「空気を読む」という文化に生きていると、どうしても、外側との関係にばかり目が行きがちです。

注目を集めるにはどうしたらいいか。

気の利いた発言をしたい。

学校や職場でいい評価を得たい。

親や恋人に愛されたい。

私たちは日々、こうして外の世界と思い通りの関係を注ぐために心血を注ぎます。

しかし、あるとき、ふと気がつきます。

「あれ、自分は一体何がしたいんだろう」

「自分って何だろう」

「自分の意見って何だろう」

外の世界にばかり心のアンテナを張っていると、自分を見失うような感覚になります。いつの間にか、自分自身との関係が結べなくなっているのです。

・誰かといるのになぜか孤独で、心細い感じがする。

・趣味も仕事もあるのに、なぜかワクワクせず空虚感を感じている。

・自分を生きているという感覚が持てない。

こうした実感があったら、内側の関係が断たれてしまったサインです。

そんなときは、なるべく一人の時間を持つようにしましょう。

臨床心理士公認心理師などの資格を持つカウンセラーが、あなたの言葉に耳を傾け、見失ってしまった自分を探す手伝いをしてくれます。

私たちには、生まれ育った土地や家族の他に、もう一つ、「自分自身」というホームがあるのです。

そこは、外側の世界にある評価や競争から離れて、本当の自分自身でいられる大切な場所です。

どんなに忙しくても、その場所に帰ることを忘れないでください。

むしろ、自分のホームにきちんと帰ることで、外側との関係がより豊かになっていきます。不思議なことですが、自分自身を尊重することで、他者のことも尊重できるようになり、周りの人が抱えるさまざまな事情にも配慮できるようになるのです。

幸せな人生を送るために欠かせない「2つの関係」。

外側の関係でベストを尽くしているはずなのに、何も変わっていかず、行き詰まりを感じるときは、自分自身との関係にまなざしを向けてみてください。