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emotion laboratory

感情は人生の羅針盤

涙の科学 その3

涙の謎に迫る、こちらの記事のまとめの最終回です。

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その1・その2では、涙が何に由来するのかに関する理論の変遷や、涙の役割と機能に関する研究知見について、ご紹介してきました。

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最後に、「涙を流したことがない」という人たちについて、考えてみたいと思います。

まだ予備調査の段階の研究ですが、ドイツの大学教授で臨床心理士でもあるCord Benecke博士は、120名の被験者を対象に、実際のセラピーに近いインタビューを行い、涙を流した人とそうでない人に、どのような違いがみられるかを調べました。

Cord Benecke博士が明らかにした内容は、次の通りです。

・涙を流さなかった人は、引きこもりがちが傾向が見られ、人間関係の描写にもつながりを感じさせるものが少なかった。

・涙を流さなかった人は、そうでない人に比べて、憤慨や怒り、嫌悪などの攻撃的なネガティブ感情を体験していることが多かった。

涙は、我慢するよりも流すほうがよいという認識が、一般には広まっています。

日本でも、あえて悲しい映画を見て泣くことを、最近では「涙活」と言ったりしますが、涙を流すことには心のデトックスや、心の筋トレのような作用が期待されると考えられています。

しかし、泣くことが健康に良く、泣かないことは不健康だという十分な証拠を示す研究は、実際はまだ存在しません。涙が健康に良いというのは、一種の迷信だという研究者もいます。

さらに、泣いた後には安堵感を感じられるという説も、涙の作用に対する過剰評価であるという指摘もあります。悲しい映画を見ることがいつも「泣いてスッキリ」という気持ちのデトックスをもたらしてくれるわけではなく、泣くことによってさらに気持ちが落ち込んでしまうということも、あるようなのです。

この点については、エモーション・フォーカスト・セラピーという心理療法の理論で詳しく解説されていますが、「流してスッキリする涙」と「どんなに流してもスッキリしない涙」があり、表現の形は同じ“涙”なのですが、元にある感情の質が異なるようなのです。

非常におおざっぱに言ってしまうと、例えば、前者は“悲しみの涙”、後者は“怒りが形を変えて表されている涙”として説明できるかもしれません。

本来は、泣くことではなく怒ることによって表されるべき感情が、さまざまな理由によって歪められ矯められてしまうとき、涙はデトックスの効果を失ってしまいます。

さらに、泣くことによってスッキリした感覚を持つためには、涙をもたらす感情にまずじっくり浸ることも大切です。これは、悲しい映画を見た直後よりも、映画を見終わって1時間半が経過したときのほうが、スッキリする感覚が強まるという実験結果から示唆されています。

この結果を受けて、研究者は「泣くことの良い影響が定着すると、強い感情から立ち直るための効果的な方法になり得る」という可能性を指摘しています。

強い感情に耐えたり、強い欲求を我慢したりすることは、心に負荷をかけるようでよくないというイメージを持たれるかもしれません。ですが、犬の感情調整に関する記事でも触れたように、心も筋肉と同様、負荷をかけることで強い感情に耐えられるようになることが知られています。 

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人間にとって、涙は、長い進化の過程において、ダーウィンが指摘したような“目的のない(purposeless)”なものではなくなり、自分の心の成長のためにも、そして、他者とのつながり、ひいては社会や集団の絆を形成するためにも、大切な役割を担うようになったのでしょう。

涙を無理に流す必要はありませんが、涙は表現できない気持ちを代弁してくれたり、相手の感情を和らげる効果も持っています。

時には、あふれそうな涙をぐっとこらえてしまわずに、その涙が果たそうとしている役割に、身をゆだねてみるのもよいのかもしれません。