前回の記事と関連して、今回は「感情のレパートリーを増やすこと」について書いてみたいと思います。
恥に対する恐怖。
怒りに対する罪悪感。
悲しみに対する不安。
こんなふうに、私たちは、自分の感情に対する別の感情を抱くことがあります。
私たちの心は、私たちが思っている以上に忙しいのです。
1つの出来事に対して、1つの感情しか感じなければ楽なのですが、例えば、大切な試験を明日に控えて不安な夜に、親からプレッシャーをかけられて怒りや悲しみを感じ、明日の試験に対する不安が恐怖に変わるといったふうに、実際には短い時間で、さまざまな感情を感じ、それを同時に心に抱えていなくてはいけないのです。
こういうとき、感情のレパートリーが広く、いくつかの感情を一度に抱えておける力があれば、時間はかかっても一つひとつの感情にきちんと対処することができます。
しかし、感情のレパートリーが狭いと、不安と怒りと悲しみと恐怖が合体し、よくわからない大きな感情になって、手のつけようがない状態になります。
そうなると、もう、無視したり、切り離したり、誰かにぶつけたり、お酒やギャンブルで発散したりして、感じないようにするしかありません。
「モヤモヤする」
「なんか嫌」
「ムカつく」
感情のレパートリーが狭いと、このような曖昧な表現で表すことしかできないので、自分の気持ちをしっくりくる形で表現できず、話しても話してもスッキリしないということにも陥りやすいです。
感情のレパートリーを広げるというのは、自分の感情を細やかに感じ取るということです。
例えば、エスキモーは、雪に関する表現を100種類も持っていたと言います。
日本人は、雨に関する表現を400種類も持っています。月を表す言葉も多いですね。
エスキモーは雪を、日本人は雨や月を、それだけ繊細に捉えていたということです。
感情も同じで、怒りでも、鮮やかな赤で表せるような怒りもあれば、赤黒い色がぴったりな怒りもあります。
感情のレパートリーを増やすというのは、自分の感情の細かなニュアンスに気づくことでもあります。
悲しいと書くよりも、哀しいと書くほうが合いそうな「かなしみ」。
そわそわと落ち着かない不安ではなく、胃がキュッと締め付けられるような不安。
グーで殴りたいような怒りではなく、パーで殴りたいような怒り。
わーっと叫びたい喜びではなく、ふふっと小さく笑いたいような喜び。
あなたの感情は、どんなニュアンスを帯びていますか。
感情を表す言葉や語彙力にとらわれることなく、色や動き、身体の感じなどで、もっと自由に感情を感じてみましょう。
そうすると、さまざまな感情に対処するための、感情のレパートリーが広がっていくはずです。