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emotion laboratory

感情は人生の羅針盤

わけてつなぐ、皮膚と言葉。

皮膚は、境界であると同時につながる場所。

そんなことを以前書きましたが、ふと、皮膚は言葉に似ていると思いました。

言葉も、皮膚と同じように、「わける」機能と「つなぐ」機能を持っています。

かつて、ある人が「何かを言うということは、何かを言わないということだ」と教えてくれましたが、ある部分に光が当たると、ある部分には影ができるように、言葉にした時点で、私たちは何かをよりわけています。

先日書店で、こんな本を見つけました。 

こころのふしぎ なぜ?どうして? (楽しく学べるシリーズ)

こころのふしぎ なぜ?どうして? (楽しく学べるシリーズ)

 

手にとって見たものの、ある一節が引っかかって、書棚へと戻してしまいました。

「ごめんね、をうまく言うには?」といった内容の章に、「ごめんね、が言えないのは弱い心があるからで、ごめんねが言えないのはかっこ悪いこと」という記述があったのです。

言わんとすることはわかります。

でも、、、どうしても腑に落ちないのでした。

「強い」は「かっこいい」、「弱い」は「かっこ悪い」。

わけてつなぐ言葉の機能は、価値づけや評価を生みます。

ごめんね、と言えればいいのでしょうか。

ごめんね、という気持ちが大きすぎるときほど、言葉にするのは大変ですし、顔をくしゃくしゃにして泣くことの方がよっぽど、ごめんねの気持ちが伝わることがあります。

まず、ごめんね、と思えることが素晴らしいのであって、そんな気持ちがこころに生まれたなら、その気持ちをしっかり感じてみよう。そしてそのあとで、その大切な気持ちを相手に伝えるために何ができるか考えてみよう、というほうが、よほど、この本のタイトルに合っているような気がするのです。

言っていることは正論でも、言葉にすると途端に説得力を持たなかったり、浅い印象を与えてしまうのは何とも皮肉です。

とはいえ、字面だけから受ける印象と、話された言葉から受ける印象は全然違います。

この映画の中で、セラピストが国王を励ますときも、「臆病」は「かっこ悪い」という価値づけを見事に利用していて、むしろ感動的です。

英国王のスピーチ スタンダード・エディション [DVD]

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言葉が、皮膚と違うのはぬくもりの有無、かもしれません。

表情や声の質感、言い方などの非言語的なものによって補われて、やっと言葉は温度を持つのではないでしょうか。