今回の記事は、感情調整の能力に関するものです。
感情調整の困難や機能不全は、近年、さまざまな精神的な不調の背景にあるものとして注目されており、感情調整の能力を高めることは、心理療法の目的の一つにも挙げられています。今回の研究で、セラピストの感情調整力に注目しているのも、おそらくこのような背景があってのことでしょう。
セラピストももちろん人間なので、一般の人々と同じように、ネガティブな感情も感じます。しかし、その感情を調整するという点においては、専門的な知識を持ち、専門的なトレーニングも経験するため、一般の人々より優れているというのは、ある意味当然であり、そうでなければならないでしょう。
この研究は、セラピストとしての経験を持つ人たちと、そうでない人たちそれぞれにネガティブな感情を体験させた後、感情調整のスキルを用いて、そのネガティブ感情に対処してもらうという形で行われました。
感情調整の方法としては、positive reappraisal(一見、ネガティブに見える出来事にポジティブな側面を見出そうと再評価すること)とdistraction(ネガティブな出来事とは無関係なことに取り組んで気逸らしや気晴らしをすること)の2つの方法がとられました。そのどちらにおいても、セラピストたちは、一般の人よりも感情をうまく調整できたそうです。
「感情調整の能力は、セラピストにとっては職業上必要なものだし、セラピストとしてよく機能するためにも大切なものだ」と、この研究を行った研究者も語っています。
研究者たちは、今後の展望として、感情調整能力がもともと高い人たちがセラピストになっているのか、あるいは、セラピストという職業に従事する中で感情調整能力が磨かれていくのかを調査したいと話しています。
その資質を持った人がセラピストになっているのか、それとも、仕事に従事しながらセラピストになっていくのか。これは確かに、面白い問題です。
セラピストという職業に就かなくても、心理学を学んでストレス・マネジメントや感情調整スキルについて知り、生きるのが楽になったという人もいます。
感情調整能力は、後天的に育むことが可能です。その意味で「セラピストになっていく」という後者のプロセスをたどる人もきっといるでしょう。
こうしたスキルとしての感情調整の方法について、記事の中では認知行動療法の立場からの専門家の意見が紹介されています。
確かに、感情を調整するためには、認知の枠組みを変えるといった思考の力を借りることもできますが、感情調整について、あまり難しく考える必要はありません。
基本的な感情調整は、視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚の五感を通して行われます。
・美しい風景を見る(視覚)
・川のせせらぎや落ち葉を踏む音、あるいは、大好きな音楽を聴く(聴覚)
・おいしいものを食べる(味覚)
・ペットを抱っこする、愛する人と手をつなぐ(触覚)
・アロマやお香などの香りをかぐ(嗅覚)
運動や手芸、園芸など何かの作業に没頭するのもよい方法です。感情調整の力を身に着けるために、必ずしも専門的な知識が必要なわけではありません。生活の中に、感情を調整する機会は、たくさんあるのです。
そういう意味では、この研究は、“知識や思考の力によって”感情を調整することは、セラピストは一般の人よりも長けていることを明らかにしたのみであり、“セラピストが感情調整力が一般の人よりも高い”とは言えないことも、また、事実でしょう。
感情調整は、セラピストを目指す人に限らず、よりよい人生を送るために大切な力です。私たちは知らず知らずのうちに、それを育み、多くの人とわかちあっているのです。