近年では、感情は、ヒトの生存と適応にとって欠かせないものであることが、脳神経科学の研究や進化心理学の観点からも支持されるようになってきました。
つまり、感情は、ヒトという種がこの地球上に生存するために必要だからこそ、備わっているものなのです。
そして、感情は、一般に、ポジティブ感情(陽性感情)とネガティブ感情(陰性感情)の2つに分けることができます。
ポジティブ感情には、例えば、幸福感が挙げられます。気分のいい状態では、左脳のある部位が活性化することも知られています。一方、ネガティブ感情には、不安やゆううつが挙げられます。これらの状態にある人は、右脳がより活性化することがわかっています。
それでは、怒りは、ポジティブ感情になるのでしょうか、それともネガティブ感情でしょうか。
心理学の文献では、怒りは長いこと、“ネガティブ感情”として紹介されてきました。
しかし、近年の脳科学研究の知見は、ヒトの脳が怒りを“ポジティブな情報”とみなしていることを示しています。
確かに、怒りは、他者を攻撃するときだけではなく、「何か大切なものを守る」行動へと人を動機づけるときにも発動します。
子どもがいじめにあっていると知ったとき。
仲の良い同僚が、大勢の前で上司から理不尽な叱責を受けたとき。
被災地で詐欺や盗難が相次いでいると聞いたとき。
私たちの心に火をつけるのは、「怒り」です。
怒りは、大切なものや弱いもの、正義、尊厳といった「守るべきもの」を守るための原動力になります。
この記事では、他者の怒りの表情を知覚することによって、それを見た個人がある行動へと駆り立てられたり、動機づけられたりすることを明らかにした研究が紹介されています。
この理由としては、「怒りの表情が挑戦的に見えるからだろう」という研究者もいれば、「怒りの表情は、何かを決断した表情に似ているからだ」という研究者もいます。
後者の意見を主張する研究者は、こうも語っています。
「他者の怒りの表情を見た被験者たちが、怒りの感情を感じているわけではありません。怒りの知覚によって、動機づけられているだけなのです」
怒りを表すことと、怒りを感じること。
この2つは、違った働きをするようです。
チームの意思決定には、怒りを表すことではなく、感じた怒りをモチベーション・ツールとして用いることが、より有効であると示した研究もあります。
つまり、感じた怒りを暴力や暴言として「即座に表す」のではなく、一旦、心の中にぐっと「保持」することによって、その怒りを適切な行動への原動力とすることが可能になるのです。
「怒りはよくない」と私たちはつい考えがちです。
しかし、実際は、私たちが「怒りの使い方」をよく知らないことによって、「怒り」という感情を悪者にしてしまっている、ということなのかもしれません。