TIME.comより、神経科学の専門家であるロックフェラー大学のブルース・S. マッキイエン(Bruce S. McEwen)教授のインタビューをご紹介する、後半の記事です。
一定の負荷(ストレス)が脳を強くする
動物を対象とした研究では、一定程度の空腹や運動といった生体への負荷が、脳細胞の活性化や細胞同士のつながりを高めることが指摘されていますが、人間でもこれは同様のようです。
子どもの脳の適応力を高めるためにも、運動は適した方法ですし、60代の人たちも週に5日1時間の散歩で、記憶力を司る海馬が大きくなることが知られています。また、インタビューでは、マインドフルネスのエクササイズも推奨されていました。
ストレスに耐える脳を作るには、社会的なつながりも欠かせない
運動や食事制限、マインドフルネスなどは、ひとりでもできる取り組みです。しかし、同時に社会的なつながりを持つことからも、私たちの脳は恩恵を受けています。
ラットを対象とした研究では、2匹で一緒に運動しているときのほうが、別々に運動しているときよりも、ニューロン形成が活発になることがわかっています。つまり、孤独や孤立は、運動によるニューロン形成への適度な刺激を鈍らせてしまうのです。
マッキイエン氏は、「2匹のラットはとても息が合っていました。自律神経のバランスは、社会的なつながりによって適切に整えられると言えます」と話しています。
ただし、社会的な要因にも有益なものとそうでないものとが存在します。
社会経済的な地位に対する主観的判断がストレスに及ぼす影響
マッキイエン氏は、ヒヒの社会を観察した例を通して、人間社会においても、自分の社会経済的地位が全体のどの辺りなのかという主観的判断は、個人の振る舞いや身体の姿勢、あるいは日頃抱きやすい感情にまで影響を及ぼすとしています。
例えば、スラム街などの生活が困窮する地域では、貧困や安全感のなさといった日常的なストレスにさらされる状況が、そこで育つ人々の中に憤りを育み、粗暴な振舞いにより、社会経済的に低い地位にとどまってしまうという悪循環が存在します。
ラットが2匹で一緒にいることは適度なストレス(good stress)をもたらしますが、社会経済的な自分の立ち位置を他者と比較することは、過剰なストレス(toxic stress)を生みます。
貧困などの現実には政治的な介入も必要ですが、マッキイエン氏は過酷な外的環境に対して、脳が持つ“認識”が、緩衝材としての機能を果たすことに注目しています。
危険や貧しさにさらされる環境においても、せめて家庭内や友人たちとの間にあたたかく思いやりに満ちた絆を育み、あるいは地域社会に貢献するような役割を担うことを通して、主観的な満足感(自分の社会経済的な立ち位置に満足できること)を得られるような脳の“認識”力を育むことができます。
脳の健康にも気を配る
“健全な精神は、健全な肉体に宿る”という言葉がありますが、脳に関して言えば、“健全な認識は、健全な脳に宿る”と言うこともできるのかもしれません。
人間の脳は、未成熟な状態で生まれます。
手や足とは違い、目に見える器官ではありませんが、質の良い食事と睡眠、そして運動や対人接触などの適度な負荷(ストレス)を与えることによって、育んでいくべき大切な身体の一部です。
ストレス過多な社会であればあるほど、私たちは、自分の身体についてよく知り、その力を引き出す術を学んでいく必要があると言えるでしょう。