カウンセリングとは、クライエントさんが抱えている心の痛みに触れる時間です。
相手の心の痛みに触れるとき、一体自分がどんなふうであればいいのか。
カウンセラーなら、一度は(とは言わず、何度でも)そんなことを考えたことがあるでしょう。
痛みに触れたとき、こうありたいと思うことはいくつかあります。
まず、痛みをきちんと見ること。
「そんな傷、誰にでもある」「もっと大変な人もいる」「大げさなんじゃないの」「甘えるな」といった心ない言葉で、痛みを痛みとして見てもらえないという体験は、今の時代、決して珍しいものではありません。
「ここが痛むんですね」「この傷は、随分深い」「痛かったでしょう」そうやって傷や痛みそのものをきちんと見てもらえるという体験が少ないからこそ、
「私には、その痛みが見えます」と、きちんと伝えたいのです。
次に、痛みに伴う恥を拭うこと。
この痛みが、失敗や怠慢や不幸の結果ではなく、生き抜くための知恵や工夫や代償だったと伝えること。
多くの心の傷には、恥が伴っています。だからこそ人は、それを誰かに見せることを拒みます。しかし、恥は傷口に毒のように回り、化膿させる一方になってしまいます。
だからこそ、痛みに恥が伴う場合、それを早々に洗い流す必要があります。
そして、痛みに耐えてきた過程を労い、時に讃えること。
「よく耐え抜いてきましたね」「私だったら、できたかどうかわからない」という言葉が、恥を拭った傷口に届く薬になります。
最後に、必ず良くなるという希望を持ってもらうことです。
カウンセラーが治してみせるということではなく、あなたの中に良くなっていく力があり、良くなるまで一緒にいますよという気持ちで、クライエントさんとお会いします。
後半の2つがきちんと生きるには、最初の2つが欠かせません。
特に、痛みに伴う恥には、きちんと対処したいものです。
痛みを「恥ずかしい」と語らずとも、これまでその痛みを一人で抱えてきた(隠してきた)という事実、「こんなふうになった自分が情けない」と自分を貶めるような言葉の中に、確かに恥が隠れています。
傷口をきちんと水で洗って消毒するように、心の傷の治療にはまず、恥をすすぐという視点を忘れたくないものです。