もし、嫌な記憶を消す方法があるとしたら、試してみたいと思いますか?
(まるで、『世にも奇妙な物語』の冒頭のセリフのようですが)
記憶には、思い出のように過去のアルバムにきちんと収まるタイプのものばかりではなく、例えばトラウマ記憶のように、過去になりきれずに、現在の生活に支障を来すものもあります。
今回ご紹介する研究は、マウスを対象とした実験ですが、オプトジェネティクス(光遺伝学)を用いて、脳内の記憶痕跡(エングラム)のネットワークを解明したという画期的なものです。
この実験からは、以下のようなことが明らかになっています。
・ポジティブな感情を伴う記憶もネガティブな感情を伴う記憶も、脳内の同じ場所に保存されている。
・ポジティブ感情の神経回路と、ネガティブ感情の神経回路は互いに拮抗し、より優勢なものがその記憶と結びつく感情になる。
これらの結果は、ヒトへの応用も見込まれており、特にうつ病やPTSDの治療において、新たな道を切り開くかもしれないと期待されています。
しかし、すでにいくつかの心理療法においては、こうした感情の性質を利用した介入方法が開発されていますし、1950年代に“修正感情体験”という言葉で、ネガティブな感情が優位であった体験を、ポジティブな感情が優位になる体験へと変容させることが、心理療法の鍵であるという考えが登場しています。
異なる感情を拮抗させ、よりポジティブなほうを強めることによって、それを記憶と結びつける。
それによって、嫌な記憶を完全に消せるわけではないと思います。
ただ、夜明け前の暗さを知っているからこそ、ポジティブな感情はより眩しく、心を洗うような輝きを持ち、視界を大きく広げてくれます。
心理療法において感情の作業が欠かせない理由が、このように脳神経科学の研究からも示されるのは、とても心強いことに思えます。