幸福の青い鳥は、自宅の鳥かごの中にいた。
メーテルリンクの童話『青い鳥』のこんな結末は、冒険や探検が大好きな子どもには何だか物足りないかもしれません。
幸せがどこにあるのか。一体何があれば自分は幸せになれるのか。
大人になっても、人は誰しも一度は家から出て、“幸せ”を探す旅を始めようとするのではないでしょうか。
この“幸せ”に関して、以前にもご紹介した『奇跡の脳』に興味深い記述があります。
脳卒中からの回復過程で、左脳が司る言語中枢や、分析や判断かかわる能力を回復させようとするとき、右脳優位の状態で感じていられる、“宇宙とひとつになった至福の感覚”を失うことがためらわれたというのです。

- 作者: ジル・ボルトテイラー,Jill Bolte Taylor,竹内薫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/03/28
- メディア: 文庫
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著者のジル・ボルト・テイラーはこんなふうに書いています。
「右脳の夢の国に出かけているときは魅惑的でステキなのですが、なんでも分析したがる左脳にかかわることは苦痛でした。・・・この体験から、深い心の平和というものは、いつでも,誰でもつかむことができるという知恵をわたしは授かりました。涅槃(ニルヴァーナ)の体験は右脳の意識の中に存在し、どんな瞬間でも、脳のその部分の回路に「つなぐ」ことができるはずなのです」(pp.174-175)
「頭の中でほんの一歩踏み出せば、そこには心の平和がある。そこに近づくためには、いつも人を支配している左脳の声を黙らせるだけでいい。」(p.176)
確かに、私たちの日常は、分析・判断・言語化といった左脳優位な状態で送られています。この左脳優位な状態から、感覚・感情・非言語といった右脳の機能を活性化させることの大切さが、この本には書かれていると思います。
ただ、「あらゆることは脳の中で起きている」と結論づけるのは、なんだか味気ないような気もしてしまいます。
“幸せの青い鳥”は、私たちの右脳の中にいる。それが脳科学的な事実なのかもしれません。
しかし、頭を切り開いて、右脳のある部位に電流を流して幸せに浸っている人の姿を客観的に見たとして、私たちはそこに“幸せ”を見出すことはないような気がします。
かけがえのない家族と過ごす時間。
愛する人の腕に抱かれているとき。
美しい景色に心が洗われる瞬間。
ずっとずっと目指していた夢を叶えた日。
こんなふうに他者の存在や出会い、自分が歩んできた歴史というプロセスを通じて感じられるものであるということにこそ、幸せの意味や役割がある。
幸せが生まれる場所は頭の中ではなく、自分と“何か”のあいだにある。
脳科学の研究がどんなに発展しても、個人的にはそう思い続けていたいのです。
現代は、幸福論が語られない時代でもあります。
自分にとって幸せとは何なのか、私たちはそこから問い始める必要があるのかもしれません。
青い鳥の物語に触れたら、なぜかこの曲が頭を離れなくなってしまいました。
椿屋四重奏/朱い鳥