Talk to Your Heart

emotions are colors of our lives

若手時代に受けたSV(スーパーヴィジョン)と、臨床家として生き残ることについて。

臨床心理学専攻の修士2年だった頃。

あるゼミが年に1回主催する合宿形式の事例検討会で、事例を出してみないかと先輩から声をかけられた。

スーパーヴァイザーは、九州在住の著名な精神科医、K先生で、この年1回の事例検討会は、その先生の名前をとってKカンファと呼ばれていた。

日頃から尊敬する先輩からの声かけであったことと、こんな機会は滅多にないという思いと、生来のミーハー気質から、さほど逡巡もせず引き受けた。

臨床心理士を目指す若手の方には、こうした機会があれば是非オススメしたい。著名な臨床家に自分のケースを検討してもらう機会は、余計な知恵や防衛を身につける前の、早いうちがいいと個人的には思う。)

K先生は、検討会の間中ずっとピスタチオを食べている、座り姿のまあるいおじいちゃんという雰囲気だったが、何と無く得体の知れない、つかみどころのない、宇宙みたいな存在感を放っていた。

事例の序盤には、ボディブローのようにじわじわ効いてくる発言もいくつかあったと思う。例えば、

「距離を取る、とかいうやり方は、僕は好かんね。クライエントがやる気なら、一緒にトレーニングする」

と、言われたのを覚えている。これはおそらく、自信のなさから、クライエントのためではなく、私のために距離を取ったというあり方をたしなめられたのだと思うのだけど、当時の私はそこまで考えることもできず、大御所に「そのやり方は好かん」と言われて半分ビビりながら、平静を保つために、その言葉を受け流していたような気がする。

しかし、終盤になると、K先生がポツリと言った。

「あなたは何にもしてないようだけど、この人は良くなってきている感じがするね」

私自身にも、一体何ができているだろうと思いがあったので、言葉の前半部分を嫌味とも批判とも受け取らず、そう思います、と思わず笑った。言葉の後半部分、特に「良くなってきている」と大御所からの太鼓判は、私の緊張を一気にほぐしてくれた。

そのあと、K先生は女性の臨床家と、男性の臨床家のあり方の違いを話してくれた。能動性と受動性それぞれの持つ力のことや、子育てを終えた後の女性は、男性がその間みっちり行なった鍛錬を、あっさり追い越すセンスを身につけて帰ってくるんだよなぁ、みたいなことをお話しされたと思う。

そして、私がその面接を次のセラピストへ引き継ぐにあたり、クライエントに伝えたいと思っていることを話すと、

「いいんじゃない。この人、そんなふうに言ってもらったことないだろうからねぇ」

と、K先生は座り姿と同じくらいまあるい声で仰った。

これが、事例検討会というまな板の上の鯉状態を生き抜いた私への優しさだったのか、本当に思ってくださったことだったのかは、K先生のみぞ知るところだ。

ただ、こんなふうにK先生がカンファを締めくくってくださったことが、私が10年間臨床を続けてこれた理由のひとつであると思うし、このK先生のあり方から、成長や治癒の最後の最後の責任と主導権は、スーパーヴァイジーの側、あるいはクライエントの側にあるのだということを教えてもらった。

ここで、若手をこてんぱんにやり込めて、人格までも否定するようなスーパーヴァイザーに当たっていたら、一握りの自信すら打ち捨てられ、私は、自分のこともクライエントのことも信じることができない、理論というお題目のみを盲目に追従する臨床家になっていたかも知れない。

私自身も学生を指導する立場になったここ数年、折に触れ、このK先生のカンファでの体験を思い出す。最後の最後で、スーパーヴァイザーがセラピストにならず、セラピストであるスーパーヴァイジーにケースの責任と主導権を返してくれた。

そんなスーパーヴァイザーに私もなりたいとおもう。