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本音と建て前の境界線:本当の自分、自己一致について

心理療法やカウンセリングを学んで実践していると、「本当の自分」や「自己一致」という言葉に出会うことがある。

クライエントからも「これが本当の自分なんだ」という言葉が出ることがあるし、自己一致は来談者中心療法の創始者カール・ロジャースが提唱した、人格変容の3条件の一つであり、カウンセラーが自己一致していることは、クライエントに変化が起こるための必要十分条件と考えられている。

ただ、一方で、「本当の自分」を追い求めるあまりに、自分という人間の対する捉え方が一面的になったり、自分という人間の複雑さを抱えきれなくなることも、あるような気がする。

自分という人間は、決して、一つの出来事や一つの感情、一つの関係性の中にだけ存在するものではない。さまざまな場面で、その場面でしか見せない顔がある。

そんな有り様こそ、人間の真理だとおもう。

自己一致ということを考えるとき、私の頭に浮かんでくるのは、映画「歩いても歩いても」のなかで、樹木希林さんが演じる母親のことだ。


映画「歩いても 歩いても」予告編

この母親は、長男を事故で亡くしている。長男は、海で溺れた子どもを助けようとして、亡くなった。

そして、この母は、長男が助けた子ども(もう成人している)が、命日に線香を上げに来るのを歓迎する。毎年毎年、笑顔でもてなし、「またきてちょうだいね」と言う。

次男から、「そろそろいいんじゃない」「呼ぶのやめようよ」「つらそうじゃないか、俺たちに会うの」と咎められると、彼女はすっと冷たい顔になり、「だから呼ぶのよ」と言うのだ。

長男の命を奪った憎い相手に、年に1度くらいつらい思いをさせたっていいじゃないか。

この母親に、私はとてつもなく自己一致した人間の姿を見る。

本音と建前の境界線を、心の中にしっかりと引き、その両方を日々生きている。

本当の自分、自己一致した自分は、きっとそういうふうに、矛盾を抱え込んだ多様な顔を持っていて、どこか人をぞっとさせるような奥深さ、底の見えなさを感じさせるものなのだと思う。