emotion laboratory

感情は人生の羅針盤

すること、と、いること

「する」ことよりも「いる」こと。そして、その「居方」が問題になる。

そんなことを考えてきて、山で言えば、六合目くらいのところまで来たような気がしていますが、この本の中の一節にも、最近また力をもらいました。

心を癒す言葉の花束 (集英社新書)

心を癒す言葉の花束 (集英社新書)

 

悲しみや絶望に暮れる人のそばにいるとき、何かを「する」とは、相手を悲しみや絶望の淵から救おうとして、励ましたり、諭したりすることです。

しかし、アルフォンス・デーケン氏は『トム・ソーヤーの冒険』を書いたマーク・トウェインの次のような言葉を引用しています。

「私たちにとって、聴くことよりもしゃべることのほうが大切だったら、きっと人間には二つの口と一つの耳とが与えられていたでしょう」

悲嘆の渦中にいる人には、相手が心を開いて話せるように聴き役に徹することが肝心。相手がまだ話す気になれないようなら、話したくないことは話さないでいいという雰囲気をつくって、ただそばに座っていることも、立派なコミュニケーションになる、とデーケン氏も書いています。

キルケゴールは「救(たす)け人自身が救けである」という言葉を残しているそうです。

自分に対して、さりげなく心を傾けながらそばにいてくれる、誰かの存在。

それはまるで陽だまりのように、心地よいものでしょう。

そして、そんな誰かの存在は、体験としてずっと心に残るものであるとも思います。

生きるよすがとなる体験。

この世で居場所を失ったと感じたときには、心に息づく体験が支えになります。

思い出にすがることは、決してみじめなことではありません。

今ここにないものを、記憶を遡って再び立ち現れるものにしようとする、健全でとても神秘的な私たちの心の働きなのです。